> 検索
プレイオフ直前!
いよいよNFLはプレイオフに突入です。我らがシアトルシーホークスは早い段階でプレイオフ進出を決めてしまったので見ていても途中でテンションが下がってしまいましたが、十分優勝も狙える可能性があるのではないでしょうか。

RBのアレクサンダーはMVPを獲得、ラッシングヤードトップ、タッチダウンのリーグ新記録といいことずくめです。全体的にみると地味なチームな気もしますが、総合力が高いんでしょうね。本格的にアメフトに興味を持ち始めた今年にいきなりいいニュースが入ってきたものです。

本命はコルツですかね。ペイトリオッツもあなどれないし、個人的にはスティーラーズも好きだったりします。何はともあれ間もなく始まるプレイオフ。楽しみです。
[PR]
# by yoshix619 | 2006-01-08 23:50 | 思ったこと。
DS
先日、初売りのときにヨドバシカメラでニンテンドーDSを買ってきました。前から欲しかったのですが、ようやく買いました。初売りだったのでレジの前には長い列が出来ていて、しばらく待たされました。このとき興味深かったのが私の並んでいた列の大半がニンテンドーDSを購入していた事でした。ハードは商品をレジに持っていくのではなく、会計の際に「ニンテンドーDSください」というとその場で引き渡しという形でした。レジの後ろにはニンテンドーDSが相当数準備されていたところを見ると、ある程度の売れ行きを予測していたんでしょう。同時に売れていたソフトは「頭が良くなる・・・」とかいう、最近松嶋菜々子さんが出ているCMでおなじみ?のゲームのようでした。このソフトも結構たくさん置いているようでしたね。

先日、ニュースを見ていたらニンテンドーDSが品切れ状態だという事を言っていたので、なるほどなあと思いつつ、でも仙台ならあるのに、なんて思っていました。今日ヨドバシカメラに行ったんですが、なんとここでも品切れで次回入荷の予定は決まっていないとの事でした。いやいや偶然とはいえいいタイミングで買ったものです。

ニンテンドーDSの良さはまだあまり分かっていないんですが、電源を入れたときのインターフェイスとか結構好きですし、お絵描きチャットなる機能があるようです。もしPSPのように無線LANでネットにアクセスできるなんて事になれば最高ですが。

ゲームボーイにしてもそうですが、任天堂はマリオやポケモンのような強力なコンテンツを持っていますし、昔から任天堂のゲームを買って外れた事がない感があって、携帯ゲーム機ではありますが売れるべくして売れている気がします。

昔はバカみたいにゲームをしていましたが、最近は面倒くさくてゲームをする気にならず、長いことやっていませんでした。しかし携帯ゲームだとテレビゲームよりも気楽にできるので最近はまっています。いい歳してなんですが、ゲーム面白いですねえ。
[PR]
# by yoshix619 | 2006-01-07 01:47 | 思ったこと。
1年の計は元旦にあり
大晦日のプライド男祭り、面白かったです。こんなにいっぺんにビッグカードをやっちゃって大丈夫?って感じでした。金子賢さんの試合と小川ー吉田戦はちょっと感動して泣きそうになってしまいました。スポーツはいいですね。

さて2006年も始まってしまったので、今年の目標を立てようかなと思っています。仕事に関しては1年を通じて大まかなにやる事は決まっていて、恐らくそれに従事する事になりそうなのですが、それとは別に自分の今後のことを考えて何か新しい事を始めようと思っています。例えばせっかく使えるのに使っていない英語を活かしてみるとか、何をするかは全く考えていないのですが。とにかく今の仕事に依存しないでも生きていける方法を見つけたいなあと思っていたりしています。基本的には私は攻め攻めで20代を頑張ってきた気もしているのですが、今年一年は少し力を蓄えて、来年に爆発させていけるような準備をしておきたいと思っています。

それから特に昨年は友達が増えたり、人間関係では結構うまくいった1年でした。それまで人とのつながりをあまり重んじてこなかった私でしたが、ここ数年は人間関係の重要さを感じ始めていて、今年もさらに人とのつながりを広げていけたらなあと思っています。

まあ曖昧な目標ですが、今年も頑張っていきたいなあと思っています。昨日も書きましたがこのブログも頑張ろうかなと。
[PR]
# by yoshix619 | 2006-01-01 01:56 | 思ったこと。
1年を振り返って
2005年も間もなく終わりを迎えます。今年は色々なことがありある種、転機ともなる1年だった気がします。

私自身としては仕事に大きな変化がありました。これはもしかすると今後の私の生活に大きく影響するかもしれません。忙しくなり始めたのが5月。その頃からあからさまにブログへの投稿が少なくなり始めたのでよく分かります。5月、6月は特に死にそうになるほど忙しかったですね。

そんな忙しい毎日の中、突然起きた祖父の心臓発作。これが今年一年で一番大きい出来事で今後にも大きく影響する問題でしょう。元気だった頃の祖父は趣味で畑をやっていて、その日も朝畑に行ってきた帰りだったか、これから行こうとするところだったか、正確な事は覚えていませんが朝食をとっていた私に天気の話か何かをしたんですね。私自身疲れていたのもあったんでしょうね。それをめざましテレビを見ながら何となく流して返事した、それが祖父との最後のまともな会話でした。

通勤の電車の中で妹から携帯に電話が入ってきました。「おじいちゃんが倒れて救急車で運ばれた」。しばらく状況が飲み込めませんでした。さっき普通に話していたよなあ。母が病院についていき、妹も仕事で家にいない。祖母が家で一人待っている状態でした。そんな状態ですから仕事が手につかない。祖母の事が心配になり家に電話すると、祖母が泣きながら話している。気の強い祖母が泣いているのを聞いたのは初めてかも知れません。今でも耳に残っています。祖母を一人にしておけないなと思い、慌ててその日の分の仕事をこなし、無理を言って午前中で帰らせてもらいました。

家に帰って状況を聞いた後、病院に駆けつけました。祖父はICUにいました。危険な状態だと聞きました。私がついて1時間くらい経っていたでしょう。ですから最初に運ばれてからは6時間くらい経っていたのかもしれません。ICUの中にいる祖父に面会できました。意識がなく、体は硬直し、パンパンに腫れていた気がします。状況が思わしくないのは目に見えて分かりました。どうやら心臓発作から脳梗塞を引き起こしたか何かで、脳に血液が回らなくなった時間があったのです。救急隊員の方の処方が行われるまでにどのくらい時間があったかにより、状況が変わるだろうと言われました。

毎日、仕事が終わってから病院に行きました。基本的にICUに入ってくるような患者さんは尋常な状態ではありません。家族が集まって亡くなったときの話し合いをしている、そんな患者さんもいました。ICUで見かけた患者さんの中には実際に亡くなった方も何人かいたことと思います。祖父がICUに入って4、5日経った頃でしょう。祖父の意識は戻りました。体は動かないし、声もろくに出ない、でも祖父は生きていました。このときほど命の尊さを感じた事はそれまでなかったです。本当にうれしかった・・・。

それから6ヶ月経った今、祖父は凄まじい勢いで回復をして退院もし、今に至ります。ただ残念ながら入院前の祖父は帰ってきていません。祖父は脳に障害を持ってしまいました。いわゆる認知症というやつです。そもそも心臓の病気だったのに、脳に一番大きな問題を抱えてしまいました。体力は落ちてしまいました。それでも同年のご老人に比べれば遥かに元気なんだと思います。障害も残りませんでした。でも脳には大きな障害があるのです。基本的には記憶障害です。昔のドリフのコントで「飯はまだかね」なんて志村けんさんがやっているのがありましたが、あれ今では笑えません。本当にさっき起きた事を覚えていないのですから。

そして一番の問題が何十年か昔の自分に戻ってしまっているというところです。祖父が宮城に来て10年近く経つのですが、もともとは大阪にいました。今でも大阪にいると思い込んでいるようです。また地元が岡山なので、時々岡山に自分がいる事になっています。その辺がごちゃごちゃになっていて、「倉敷に行ってくる」「八尾に行ってくる」「本家(岡山)に行って来る」・・・まあ、とにかくどこにでも歩いて行ける事になっていまして、どこでもドアでもあるんかい!と言いたくなるような都合のいい地理環境になっています。そして体力があるものですから、実際に歩いてしまうのです。歩かないと落ち着かず暴れる事もあるので、母がついていきます。先日私もついて行ったのですが寒空の下、1時間半歩き続け、結局どこに行くつもりだったのか(その日は新大阪駅に歩いて行く事になっていました)忘れて、フラフラになり家につき、数分後には歩いた事すら覚えていない始末。

まあ他にもしっちゃかめっちゃかなことでいっぱいなのですが、この半年間、祖父の不思議な世界観に付き合わされ頭がおかしくなっています。でもおかげで世の中の認知症という問題に対して私も家族も真剣に向き合うようになったのは事実です。この前までしっかりしていた祖父は、毎日何を思いながら生きているんだろう。祖父の目に映っている世界はどうなっているんだろう。そう思うと切なくなってきます。祖父はふざけているわけではなく極めて真剣なのですから。人間なんてモノは贅沢なもので、初めは「命さえあれば」なんて思っていたのに、不可思議な発言を繰り返す祖父を不快に感じたり、怒ったりしてしまうわけです。腹が立つと不謹慎な事も思ってしまうわけです。そして自己嫌悪に陥る・・・。こんな事の繰り返しです。

でもこれはいつも言う事なんですが、祖父が倒れてから発見するまでにかかった時間が短かった(実は話が長くなるのでカットですが、祖母の猫好きが少なからず影響しています)、救急隊員の方の迅速かつ適切な処置があった(これは医療行為だけではありません。受け入れ先が開いていないという問題があったんだそうです。でも必死の交渉で開いていない病院にねじ込んでくれたんだそうです。)、などなど色々な偶然が重なって祖父は助かったのです。同じような状況で亡くなる方もいるのですから、本当に恵まれています。救急隊員の方には心から感謝していますし、分からなくてもいいので、祖父には様々な人たちのおかげで生かされているのですから、頑張って生きてもらいたいです。

私は駅まで自転車で通勤しているのですが、その途中に橋があり、そこにはいつも絶える事なく花が供えられています。何ヶ月か前、雨の日に子供を乗せ運転していた女性が、スリップしたトラックの下敷きになり、親子ともに亡くなるという事故がありました。事故なんて残念ながらよくある事なんですが、その女性は私と同年代で同じ町に住んでいた、もしかしたら何らかの形で以前接点があったかもしれない、と思うと他人事とは思えなかったのです。絶える事ない供花。祖父の事と対照的で、その橋を通るとき非常に切なくなります。

今年は命について考えさせられる1年だったように思います。私もいつどうなるか分からない。毎日悔いのないように頑張らないとなあと思うのです。

他にも色々な事があった気がするんですが・・・、どうも祖父のことが強烈すぎてパッと浮かばないのでこの辺にしておこうかと思います。来年はもう少しブログ頑張っていきたいですね。
[PR]
# by yoshix619 | 2005-12-31 02:31 | 思ったこと。
猫かあちゃん
今から7年くらい前、我が家に猫が迷い込んできました。母猫とその子猫3匹でした。私の記憶には3匹も子猫がいた記憶がありません。いつのタイミングかは分かりませんが1匹の子猫はいなくなってしまったのでしょう。私の祖母が無類の猫好きで、その猫たちにえさをあげ始めたのがきっかけで、3匹は我が家の庭を生活圏にするようになりました。近所の人の話では、その猫が近所で見かけられるようになる頃、猫を飼っていた一家が転勤か何かで引っ越ししたということでした。住宅街ではよくある話ですが、引っ越し先で猫を飼えなくなったのでしょう、置いて行ってしまったんですね。この猫たちが誰に捨てられたのかは分かりませんが、少なくともおかあちゃんが飼い猫であったことはその人なつっこさから間違いありません。子猫は捨てられてから生まれたのかもしれません。

母猫は生まれたばかりの子猫を抱えて路頭に迷って我が家に迷い込んだようでした。通称おかあちゃん、にいちゃん、ねえちゃんの3匹はその後すっかり我が家に居着いて今に至ります。おかあちゃんは間違いなく飼い猫だったのでしょう、人懐っこくておとなしい猫。でもよその猫が来ると、つまり自分の子供に危機が訪れると、自分より大きな雄猫にでも勇敢に立ち向かっていき、傷だらけになったこともあったものでした。優しいけど強い、猫ながらこれが親かと思わせるいい猫です。

あれから7年。にいちゃんは近所でも1、2を争うやんちゃものに、ねえちゃんは気が弱くておとなしく、いつもおかあちゃんに寄り添う、でも立派な大人の猫に育ちました。

そして12月24日の朝、獣医さんからおかあちゃんが息を引き取ったと連絡が入りました。実はちょっと前からおかあちゃん、えさを食べなくなり、ずいぶん痩せてしまって病院に入院していました。どうやら腎臓を悪くしてしまったようでした。一度は退院したもののえさには口をつけず、どんどん弱っていくばかり。今年は特に寒いのもあり、弱っている体には負担が大きかったのかもしれません。

病院に行き、おかあちゃんを見てきました。獣医さんにきれいに見繕いをして頂いたのでしょう。きれいでした。目を開いていたんですが、優しい目で今にも「ニャー」と起き上がるんじゃないかという感じでした。死んでしまっているのに不思議と悲しさとか悔いは沸いてきませんでした。一つに私が世話をしてきたというわけではなかったというのもあるのでしょうが、それはこの猫が子供を守り、育て、この7年間全力で生きてきたのを知っていたからかもしれません。また祖母が本当に一生懸命面倒を見てきたからかもしれません。もし我が家に来ることなく野良猫として生きて行くことになってしまっていたら、もしかしたらとっくに子供と共に死んでしまっていたかもしれません。もしかしたら他の誰かに拾われて幸せに過ごしていたかもしれません。元の飼い主のもとで最後までいられたらそれが一番幸せだったのかもしれませんが、捨てて行った飼い主のもとにいたのも、我が家に迷い込んできたのも、祖母に世話してもらったのも運命だったのでしょう。捨て猫になってから7年。その生涯は幸せなものだったのかもしれません。それは人間の勝手な思い込みなのかもしれませんが・・・。

ただ一つ、おかあちゃんが7年前、どこの誰だか知れませんが飼い主の都合により捨てられたのは間違いないと思っています。私も子供の頃何度か引っ越しを経験してきたのでペットを飼いながら転勤するのが大変なことを知っています。でもペットは家族なんです。飼い始めたら最後まで責任を持たなくてはいけません。それを人間の都合で捨ててしまう。おかあちゃんもそんな人間の勝手な都合に巻き込まれてしまったのでした。その一家はおかあちゃんが息を引き取ったのも知らずに今日クリスマスを祝っていたのでしょうか?そう思うと正直悔しい気持ちもあります。でもおかあちゃんの最後の顔を見ていたら何となくそんな腹立たしさとか吹き飛んでしまいました。そんな優しい顔でした。

子供たちは明日からも毎日生きていかなくてはいけません。おかあちゃんがいなくなっても、時間は流れていきます。私もいつの日か死ぬときがやってきます。おかあちゃんのように全力で生きていかないといけないですね。悔いを残さないように・・・。
[PR]
# by yoshix619 | 2005-12-25 01:51 | 思ったこと。
青いイリュミネーション
a0008233_2361129.jpg


先日、仙台空港に行ったらクリスマスツリーが飾ってありました。
今年のイリュミネーションで気になるのが青系統の色のもの。凄くきれいですね。今までもあったかなあ?なんて思いつつ、でもあまり気にしたことなかったですね。

全然関係ないですけど、画像のサイズを変えるソフトを持っていないことに気づいてしまいました。いまいちマックのソフト使いこなせてないです・・・。そんなわけで携帯で撮った荒い画像は一段と見にくくなっております。
[PR]
# by yoshix619 | 2005-12-20 23:08 | 思ったこと。
責任の所在って?
私はサッカーのことはほとんど分からないのですが、今日ベガルタ仙台の都並監督の解任が報じられたことには多少違和感を感じています。

以前、日テレのうるぐすで都並監督が監督になるまでの過程を見ていたのでいくらか思い入れがあるのかも知れませんが、それにしても1年で解任というのはどうなのかな?という気がしています。開幕当初うまくいかずかなり批判を受けていたのは知っていますが、監督として1年目。プロなんだから結果を求められて当然と言うのかもしれませんが、厳しすぎるのではないかなと思います。何しろJ2ですが4位だったわけですから。

果たしてベガルタにJ1に上がるだけの戦力があったのか、それに見合う補強をしていたのか気になるところです。サッカーのことがわからないとはいえ、これでJ1に上がっても大した成果をあげられるという気がしないのですが・・・。監督やコーチに厳しく結果を求めるのなら、フロントはどうだったのでしょうか?みんなが納得できる役割を果たしたのでしょうか?フロントには責任はないのでしょうか?フロントだってプロなんですから。

そもそも監督を変えたからといってすぐ強くなるとは思わないんですよね。それより一人の監督に何年か任せてみて、監督のやり方がチームに浸透してみて初めてどうなのか判断してもいいんじゃないかなという気がします。私は都並監督ならもっと強いチームを作れる気がするんです。次の監督が来年結果を出せなかったら、また監督を変えちゃうんでしょうね。ころころ監督を変えているチームではファンがついてこない気がします。

先日の楽天の田尾監督の解任も同じことが言えそうですが、こんなやり方をしていたのでは強いチームを作れないし、またファンに愛されるチームを作ることも出来ないんじゃないかなという気がしていますがどんなもんなんでしょうか?
[PR]
# by yoshix619 | 2005-12-06 23:44 | 思ったこと。
にわかプログラマー
私はそもそもプログラムの教育なんて受けたことがないのです。あえて言うならアメリカ時代、夏のクウォーターにフリーでとれる単位の一つとしてオンラインでプログラムの授業を取ったくらいのものでした。

そんな私に会社がプログラムをやれ、と命令を出したのが昨年の9月。それから相当な紆余曲折を経て、今年の5月に何の相談もなく無理矢理、とある開発会社に出向をすることになったのです。紆余曲折の部分はここでは省くとして、それにしても1年の経験すらない私が開発のプロジェクトに参加するというのは相当に無理矢理な要求でした。もし事前に相談があったなら間違いなく断っていたでしょう。

そんな中、プロジェクトに参加してはや7ヶ月。先日11月30日に無事、職務を全うしました。私は何となくプログラムの書き方を知っているくらいで、開発の方法や手順も全く知らないダメっぷりで最初は大変だったのですが、私が所属したチームが良くて、とても仕事をやりやすい環境にありました。うちのリーダーが作業に入る前に必ずじっくりとスケジュールと作業の仕様決めをして、出来ること出来ないことを交渉してから仕事を振ってくれたのが良かったんだと思われます。

これはどの仕事にも関連することでしょうが、チームがしっかり機能していること、方向性が明確であることはとても重要ですね。さすがに7ヶ月も他の人の書いたプログラムを読んだり、自分で書いたりしていると、恐ろしい勢いで知識もスキルもアップしていくようです。これは海外に行った方が英語力が格段にアップするのと共通するところかもしれません。初め何も知らなかった私が今では偉そうに意見を言うこともあったりしているところに、時々笑ってしまいます。

さて12月になった今も違うプロジェクトですが、同じ会社に出向しています。7ヶ月間の私の仕事がどうだったのかは不明ですが、もういらないよとは言われていないところを見ると、まあ赤点は取らなかったのかもしれません。
[PR]
# by yoshix619 | 2005-12-03 01:16 | 生活
勇み足
アップルストア、オープンしていたと思っていたんですがまだみたいです。昼休みに探しにいったんですが、見つけることが出来ませんでした。

その代わりに今日オープンしたペットショップを見つけてしまい、しばらく中で犬を見ながら癒されていました。犬は可愛いですね。うちにいるのはトイプードルなのですが、柴犬も好きだし、ダックスフンドも可愛かったし・・・。
[PR]
# by yoshix619 | 2005-12-01 23:55 | 思ったこと。
アップルストアが出来たらしい
仙台にアップルの専門店「アップルストア」がオープンしたそうです。全国でも6店舗とかしかないとのことです。やはりにわかマック派。職場からも近そうなので行ってみたいところです。
しかしそんなのができているなんて全く気づきませんでした。
[PR]
# by yoshix619 | 2005-11-29 23:46 | 生活
   

思い出なのでネタはフレッシュではないかもしれません。「のすたるじー」です。
by yoshix619
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
> その他もろもろ
個人的にメールを送ってみようかな?という方はこちらへ
yoshix619@excite.co.jp


ホームページ

英語の素ならバックアップ


その他リンク
ソフトモヒカンAUS(新)

ソフトモヒカンAUS

Enjoy English ♪

TOEICオンライン 

ファーストフード

アメリカ生活ドットネット

英語学習とビジネスを洋書で学ぶ


My blog is worth $2,822.70.
How much is your blog worth?