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iPod mini
iPod mini を買いました。リスニングの勉強に使いたいというのが半分、なんとなく欲しかったというのが半分で買ってしまいました。本当は iPod Shuffle を欲しかったのですが、いつ、どのくらい入荷できるか分からないというので mini でいいかという感じでした。

買ってうれしかったのですが問題が一つ。PCとつなぐのにUSBを使うのですが、USB2.0でないとダメということで我が家のPCではつながらないのです。仕方ないので電気屋さんにUSB2.0用の拡張ボード(?)を買いに行きました。しかしどういうわけかそのパーツ売ってなかったのです。仙台のヨドバシまで行かなきゃダメです。そんなわけでまだ使えていません。残念!

ところで iPod Shuffle と同じくらいのタイミングで情報を得た Mac mini に非常に興味を持っています。本来、私はどちらかというとマック派なのです。今年は Apple 侮れないという気がしています。
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by yoshix619 | 2005-01-30 22:48 | TOEIC860点への道
家を探し始める
アメリカに行って最初の頃はホームステイをしていました。ホストの人はNAVYでレスキューをやっていた人なのですが、東海岸のほうに転勤となってしまったため、冬のクウォーターを最後に一人暮しを始めることにしました。部屋を他の人とシェアするとか別のホストファミリーを探すとかいくつか手段はあったと思うのですが、それほど物価が高くなかったのと、日本で一人暮しをしていたこともあり、そのほうが気楽だなあと思ったのでした。

家探しの方法としては、新聞の広告を見てみる、不動産会社に行ってみるといったあたりが無難な方法のようでした。新聞の広告には大した情報がなかったので、町にあるいくつかの不動産会社に行ってみました。一人で暮らせる規模のアパートが結構あって見ていたのですが、妙に高かったり、安いと思ったら汚かったりと、なかなかいいものがなく困っていました。ひとつ素敵なアパートがあったのですが、これは高くて諦めざるを得なかったのでした。

結局いいところがないなあと思いながら、まだ行っていなかったダウンタウンの不動産会社に行ってみました。そうしたらたまたま空きが出ている家があると教えてもらいました。「今、きれいにしているところだから見に行ってごらん」と言われ行ってみました。

辿りついたところは、町のはずれにある、とびっきり何もないところではありましたが、小さなかわいい家で、庭もあり、多少古いとは思いましたが、それでも一目でここに住んでみたいと思うに至りました。一目ぼれというやつです。

不動産会社にもどって、ここに住みたいということを伝えました。その場ですぐに決めたかどうかは覚えていませんが、結局ここに日本に帰るまでずっと住むことになります。一人で住むのに家なんてという感じではありましたが、小さな家だったので全く違和感を感じませんでした。むしろアパートのほうが大きかったかもしれないですね。そんな庭付き一戸建て、なんと月に395ドルだったのです。実は私の住んでいた町は田舎の割りに他の町に比べて家賃が高いのです。というのも私の町は結構有名らしい観光地なのです。そんなわけで当時、2部屋キッチン付きで450ドルくらいが相場だったと思います。それでも日本に比べれば断然安いですね。

この家に住むことになったのも、私にとってはちょっとした素敵な巡り合わせになっていくのです。
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by yoshix619 | 2005-01-30 00:13 | 生活
スキミング
最近スキミングという問題が近頃話題になっています。あまりよくは分からないのですが、カードを使ったときにそのカードのデータを盗むことでいつのまにか、自分のカードのコピーが出来ているという話だそうで、自分のカードは盗まれていないので被害には気づきにくいようです。ただ気づいたときには、口座からいつのまにかお金が引き出されているという事態になっているとか。

問題は勝手に何百・何千万円というお金が知らないうちに引き出されているということで、普通に考えたら、ATMからそんなに大きいお金が突然引き出されたらおかしいと思ってもいい気がするのです。ある被害者は郵便局でやられたとかで、週末に郵便局に連絡したらお休み中なので週明けに問い合わせてくださいなんて呑気な話です。

そんなニュースを見ていたら私の母が、「アメリカはATMで1日に引き出せる額に限度があるんでしょ?」と言うのです。へえそうなんだ、と思っていたら、どうやらそういう話を以前、私がアメリカからメールしていたらしいのです。そして思いだしたのです。

ある日(多分、休みか何かで帰国しようと思ったんだと思います)お金を1000ドルほどおろそうと思ったのですが引き出せなかったのです。確実な数字ではないのですが、私が使っていた NAVY Federal では400ドル以上はATMから引き出せなかったと思います。そのため、大きいお金を下ろしたかったら窓口に行くしかないのです。窓口ではIDを要求されるので、カードとIDの持ち主が一致していないといけないわけです。このためスキミングはある程度防げるような気がします。

日本の銀行で窓口からお金を下ろそうと思うと待ち時間が長かったりと不便なことが出てきますが、それでもスキミングの被害に遭うくらいなら我慢できるかもしれません。それでもある程度ATMには制限をかけないとダメなのかもしれないですね。
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by yoshix619 | 2005-01-29 00:35 | 生活
OK?
↓問題ないみたいですね。
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by yoshix619 | 2005-01-27 22:58 | 思ったこと。
携帯投稿の不具合
携帯から投稿すると多重投稿してしまうなどの不具合があるそうですが、どうなるのでしょうか?
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by yoshix619 | 2005-01-27 20:19
英語表記
最近ちょっとした事から日本の企業の場合、株式会社のことをどう表記したものだろうかということで問題になりました。

よくあるものだと、"Co., Ltd."、"Inc"、"Corporation" あたりなんでしょうが、これってどう使い分ければいいんでしょうか?ディズニーの Monsters, Inc. なんてあたりからアメリカは "Inc" なのかな?と思ってみたりしているのですが。

こんな感じで、日本名を英語表記するのって面倒ですね。名前の英語表記と言えば、私の名前にはないんですが、「おう」とか「よう」とか伸ばす文字がある人の名前ってやっかいですね。「おう」や「よう」は "Oh" "Yoh" なんてすればいいのかもしれませんが。カタカナ名なんてなってくると英語のようで英語ではなくて困りそうです。例えば「ダイエー」ってどうするんでしょうか? "Daiei" ですかね?「ー」の部分がうまく表現できないんですね。昔、小学校で習ったローマ字の、アルファベットの上につける伸ばすマークとかあればいいんですが。潔く漢字やカタカナで書いてみるのもいいのかな?と思ってみたり。

私は知らないのですが、例えばパスポートとかはアルファベットで名前を書いてあったと思うのですが、このとき書いた表記が正式な英語用表記になるんでしょうか?「しょ」な "sho" なのか "syo" なのか?それともどうでもいいよ、って感じなんでしょうか????気になるところです。
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by yoshix619 | 2005-01-27 19:39 | 思ったこと。
帰国後、車は?
さて、日本に帰国してしばらくした頃のことです。メールでWhidbey MAZDAのT氏から車が売れたとの連絡がありました。確か、日本ではアメリカの銀行のチェックを送ってもらっても換金が出来ないのでは?と思い、郵便局の為替で送ってもらうようにお願いしたんだと思います(そもそもここが図々しいんですが)。正確な記憶ではないのですが、確か最初、銀行のチェックで送ろうとしてくれていて、それじゃうまくいかないからと郵便為替に代えてもらったと思うんです。とにかく、色々と手間を取らせたことだけは確かで、すごく恐縮したのを覚えています。

しばらくして、私の家にT氏から郵便為替が送られてきました。しかしよく見てみると、アメリカの郵便局でしか使えないと書いてあるのです。困ったものの10万円強のお金をほったらかしにする余裕のなかった私は、とりあえず郵便局へ。近所の郵便局では扱えないけれど、大きいところに行けば扱えるかもと言われ、大きい郵便局に行くと換金してくれました。一応不安だったので、アメリカでしか扱えないと書いてあるけれど大丈夫か確認したと思うのですが、問題ないと。

それからしばらくして、換金した郵便局から電話があり、やはり換金できないものだったとの連絡が・・・。まあある程度予想はしていたので、使っていなかったのですが、そのあとどうしたものかと途方にくれながら郵便局に行ったのでした。郵便局の方も心から申し訳なさそうに謝るし、偉い人まで出てくるし(何か私が怒ったように取られるかもしれませんが、何も言っていないんです。逆にあちらは私が怒り出すのではないかとヒヤヒヤものだったと思います)、そもそも私は滅多なことでは揉め事にならないことにかけては自信があって、このときも特に揉めることもなく片付いたと思います。そのあとどうなったのかは全く覚えていないのですが、確か郵便局で違う手続きをしてアメリカ経由で換金したんだと思います。もちろん、その郵便局の方が頑張ってくれたのはいうまでもありません。手数料はかかりましたが、10万円以上のお金が返ってきました。

T氏にとってみれば、私の車を代わりに売ってくれることは彼のビジネスとは何の関係もない出来事なのです。手数料を取って欲しいと言ったと思うのですが、何も取りませんでした。彼は単に日本から来て生活していた、車を処分できずに困っている私に救いの手を差し伸べてくれたのでした。アメリカ人は信用できないとか言う人もいるんですが、ここまでしてくれる日本人が果たしてどのくらいいるのでしょうか?私は本当に人に恵まれていたんです。

多分、このブログを見てくれている方の中には、今留学中とか、これから留学しようという人もいると思うのですが、ぜひ人とのつながりを大事にしてもらいたいなあと思います。それが出来れば、英語がうまく喋れないなんて些細なことだったりするんですね。
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by yoshix619 | 2005-01-26 23:37 | 生活
MAZDA323の行方
アメリカにて苦楽を共にしてきた車、1989年製のMAZDA323は何はともあれ様々な思い出があります。しかし困ったことに売ろうと思っても買い手が出てきませんでした。30ドルも払って新聞に広告を出しても全く効果なし・・・。さすがに困りました。

車で致命的に困って駆け込んでいたのがWhidbey MAZDAというところで、何度かわがNAZDA323もここで大手術を行い復活を遂げてきました。ここは新車のディーラーで、また車のメンテナンスをしてくれるのですが、中古車は取り扱ってないだろうなあ・・・なんて思いつつ、足を運びました。

もはや常連になりつつあり、困り果ててやってくる日本人のことを店の人も覚えてくれていて、いつ行っても気軽に接してくれます。このとき、ここのオーナーでしょうか?のT氏に、「日本に帰るんだけど車が売れなくて困っているんだけど、何とかならないかなあ」と相談してみました。そして予想通りの答えが返ってきました。「うちでは扱っていないんだな」。ついでに古すぎて売りに出しても無理だろうとの回答も。誰か中古車ディーラーを知らないかと聞いてみると、T氏はこう言ってくれました。

「もし車が売れなかったら、またここに戻っておいで。何も心配しなくて大丈夫だから」。案の定、車は売れず、私はMAZDAに行きました。そしてT氏はこう言ってくれました。うちの敷地内に車を置いておくから希望額を言ってくれ。買い手が現れたらチェックを日本の君の住所に送るよ。」。私は泣きそうになりました。一応、1000ドルでお願いしておきました。でもお金はどうでもよくなっていました。T氏のやさしさや、車をとりあえず片付けることができた安堵感とでホッとしていたのです。

最後の日、クラスメートのCに車で送ってもらう前に、ダウンタウンへ行き、家の管理会社に鍵を返しに行きました。この管理会社にも大変お世話になったので、いずれ書きたいと思っています。そして次に車を走らせMAZDAに。確か日曜日の夜だったので、お店は開いていなくて、駐車場に車を止めておくように言われたと思います。車を止めて、鍵をかけて・・・。MAZDA323とのお別れのとき、「ああ、アメリカ生活が終わったんだなあ」と、しみじみ寂しくなりました。この時は雨が降っていました。

さてさて、そのあとMAZDA323はどうなったのか?実はいい話なので、また明日にでも。
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by yoshix619 | 2005-01-25 22:48 | 生活
現在に戻って・・・
と言うわけで、今日が日本に帰ってきてちょうど3年目でした。アメリカでの2年数ヶ月に比べて、この3年間のなんと密度の薄かったことかと思うと悲しく思ってしまう部分もあります。ただ日本に帰ってきてからの3年間で色々な人に出会い、その中にはこれからずっと仲良くしていけるのではないかと思えるような友人もでき、全く無駄であったとは思っていません。ただ、意を決してアメリカに行った割にはそれが生かされていないんですね。なんとか今年は転換期になれるように頑張っていきたいなあと思っています。

ちょっとしたメモ書きですが、明日は車のことを書こうと思っています。日本への帰国に関しての重要なポイントなんです、車の件は。

さて話は全く変わって、先日このブログにアクセス解析を付けてみました。他にもアクセス解析やブログウサギなどいろいろなものを付けている方がいる中で、エキサイトブログは安全性を高めるために使えないようにしているんですね。それがあんな簡単なことで使えるようになるなんて・・・という気持ちでいっぱいなのです。エキサイトさんを裏切っているような気がしてなんとなく気が重いところもありますが、なかなか面白い結果が返ってきます。特に検索サイトから見に来て下さる方が予想外に多いことを知ったのですが、そのキーワードがなかなか興味深いものなんです。しばらく楽しめそうです。
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by yoshix619 | 2005-01-23 23:48 | 思ったこと。
2002/1/22
ホテルで目覚めた私は食事をどうするか悩みました。多分、中のレストランで朝食を食べることが出来たんだと思います。ですが、なんとなくそんな気分ではなくそれよりも毎朝見ていたニュースなんかもこれで最後なんだと思って見ていたような気がします。どっちにしても出発は朝早かったのでのんびりしている時間はなかったのです。

時間になって、沢山の荷物を持ってホテルをチェックアウトしました。空港へのシャトルバスはホテルの駐車場でピックアップしてくれるので助かりましたが、そうでなければどうやってあれだけの荷物を運べただろうと、改めて私の計画性のなさに愕然とするのです。2時間くらいで空港に到着したでしょうか。

空港行きのシャトルバスは空港前につくと各航空会社のカウンター(?)近くの出入り口で何回かに分けて止まってくれます。、私はアメリカンかユナイテッドか覚えていませんが、そこで降りました。運転手の方がバスから荷物を降ろしてくれている間に急いでカートを持ってきました。さすがに空港内をウロウロするのに、4つのスーツケースを持ち歩くのは無理(不可能)だと判断したのです。

まずはチェックインして荷物を預けてしまおうとカウンターに行きました。当時は9・11のテロから4ヶ月ほどしか経っていないのでまだ緊張感というか警戒感は残っていました。手荷物は1つだけと書かれていました。さて荷物を預けようと思ったら、さすがに量が多く、重いので金額が嵩みそうでした。そこで小さ目の飛行機の荷物置き場に置けそうなモノを持ち込むことにしました。更にリュックを背負っていましたし、ウエストポーチを持っていたので全部で3つの荷物。大丈夫かな?と思いましたが何も言われなかったので預けないままでした。

出発まで時間もあったので空港内をウロウロしました。シアトルの空港(通称シータック)は、国際空港にしてはあまり店もなく楽しい空港ではないのですが、スターバックスがいくつかあるのでアメリカで最後のコーヒーを飲んだと思います。ついでに食べたのは当時の私の定番のビスコッティだったんでしょう。さすがに覚えていません。

その後、時間を持て余して、待合所に行くことにしました。実はここが一番心配で、3つの荷物で入れるかな?と思っていました。とりあえずウエストポーチは無理やりリュックに入れて(と言うよりは乗っけて)2つの荷物っぽくしてみました。ここでもお咎めなし。結局飛行機の中に3つの荷物を持ち込むことが出来たのです。

今ではどうだか知りませんが、日本行きの飛行機への待合所あたりにはバーガーキングがありました。日本にはバーガーキングはないのでこれを食べておかないとしばらくは食べれないぞと思い、また朝ご飯を食べていなかったので、食べました。アメリカ最後の食事は多分バーガーキングのワッパーだったと思います。大好きでした。そうこうしているうちに、搭乗時間になっていました。慌てて食事を済ませ、自販機で水を買い、搭乗しました。

これで終わりです。私自身、アメリカでの生活は3年経った今でもハッキリと覚えているのに、この最後の日は曖昧なのです。飛行機に乗る前まではなんとか記憶を辿って思い出せたのですがその後、成田について、更に実家に着くまでの十数時間のことがほとんど記憶にないのです。ただ慌しくて感傷に浸っている暇はなかったように思います。

最後の日のことを書いてしまったので、このブログで書けることはなくなった感もありつつ、でもこれからも色々と書いていこうと思います。相変わらずの時系列無視でお届けしています。
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by yoshix619 | 2005-01-23 03:31 | 生活
   

思い出なのでネタはフレッシュではないかもしれません。「のすたるじー」です。
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